北原佐和子。芸能界に収まり切らない器。
【派手ではないが、地味でもない。北原佐和子とはそんな女性である。『ヤングジャンプ』誌のミスコンでアイドルとして登場して、今年で37年。グラビアアイドル風に扱われることからスタートし、女優・歌手、さらに介護・看護・福祉活動へとその領域は広がっている。大女優とは言い難い彼女だが、その活動は多くの市井の人々から頼りにされ、着実に存在感を増し続けてきた。水ものと言われる芸能界にあって、その渦に呑み込まれることなくしたたかに生き残ってきた彼女の活躍ぶりは、息の長い芸能活動を目指す他の芸能人たちの良いお手本となり得るであろう。 byもろみ五郎】
北原佐和子ってどんな人。
初老男A「『ヤングジャンプ』の創刊は1979年だよな。当初は隔週刊だった。創刊号から数年間ほど買って読んでたものだが、北原佐和子が出てきたのは週刊化されてからじゃないかな」
初老男B「そうですねえ。1981年のデビューだから、たぶんそうでしょう」
初老男A「最初の印象は、(ああ、またすぐ消えてなくなりそうな女の子が出てきたなあ)ぐらいだったんだが、もはや芸歴40年に迫らんとしている。ここまで続く人とは思わなかったな。わたしの目は節穴だったよ」
初老男B「でもまあ、女優としても歌手としても、どんな作品だっけ、とすぐには思い浮かばない程度でしょう。着実に仕事をこなしてきたんだから、芸能界での需要はずっとあったってことでしょうけど。派手さはなくても失業しないんだから、理想的じゃありませんか」
初老男A「デビューからわずか1ヶ月でCMオファー26社、レコードデビュー時は19社からオファーが来たというからな、期待の新人だったんだろうな。でも3年で歌手を辞めて女優に転身。この頃から福祉系の世界と接触し始める。資格取得の流れは以下の通りだ。
ホームヘルパー2級(2007年)→介護福祉士(2014年)→ケアマネージャー(2016年)→准看護師(2020年)
…さらに2011年からは朗読会の活動も加わった」
初老男B「2013年には自分のボランティア団体を立ち上げてますよねえ。並行してyoutubeチャンネルも運営してますし、言ってみれば、知性・誠意・行動の三拍子そろった女性ってところですかね」
初老男A「容姿に恵まれてるから、四拍子だろう」
北原佐和子の活動は、芸能と福祉の両輪である。
初老男B「見出しに答えが出ちゃってるけど、要するに彼女は、活動の幅の広さゆえに息の長い活動を続けてこられたってことでしょうかね」
初老男A「そうなんだな。離婚やヌード写真集の発売などもあったが、とくに醜聞化されるでもなく通過したのは、彼女の隙のなさの現れだろうな。それと、芸能も福祉も、必死で汗かいてるっていうより、自然体でこなしている感じなんだよな。息の長さの最大の理由はここにあるとわたしは見てるがね」
初老男B「同感ですねえ。2007年の資格取得から現在に至るまで、活動の期間や内容に無理がないんですよね。きっちりと段階を踏んできたっていうか、一つずつこなしてきたっていうか。今は都内の認知症専門病院で週4日くらいで勤務してるそうですから、還暦を越えてさらに充実って感じの日々なんでしょうね。理想的な初老さんですねえ」
初老男A「トシの話が出たから言うが、彼女は1964年3月19日生まれだから、ほんの数日前に62歳の誕生日を迎えたわけだ」
もろみ五郎「そう。まことにもって、慶賀に堪えぬ思いである」
初老男B「急に出てきましたねえ、運営者が。『慶賀に堪えぬ』って、そういう使い方するんでしたっけね」
初老男A「前にもあったよな、こんなこと。まあ、五郎氏の言いたいことはわかるけど」
もろみ五郎「私は1963年生まれだからな、いわゆる学年では同じなのだ」
初老男B「だから何ですか」
もろみ五郎「…とげとげしい言い方はやめたまえ」
初老男A「まあ、五郎氏も同年としてまだまだがんばってくださいよ」
まとめ
初老男B「つまり北原佐和子という女性は、恵まれた容姿に溺れず、自分に合った役割を着実にこなして今日を築いたと言えましょうねえ」
初老男A「そういうことだな。しかも、芸能・福祉いずれも<主>というか<幹>というか、どちらかを充実させるための補完的位置づけではなくて、双方に対して無理なく全力投球できている。だから中途半端な印象を周囲に与えることもなく、二本の柱を持つ職業人として地歩を固めてこれたというわけだ」
もろみ五郎「その通り。彼女にあっては、本業・副業という区分けは不要なのだ。どちらも嘘偽りなき自分なのだからな」
(了)
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