菅直人元首相:認知症になった有名人㈡

【菅直人と言えば、あの東日本大震災当時の内閣総理大臣である。鳩山→菅→野田と続いた民主党政権時代の中核を担った重要人物であり、さまざまな挿話を残した個性派でもあった。その菅直人氏が認知症になったらしい。2年前に政界から退き、今は奥さんと二人のんびり暮らしているそうだが、じわじわと症状が進行しつつあるとも聞く。同じ<菅>の字を有する菅(すが)元総理もすっかり衰えたようであるし、まあ、誰でも老化するとは言うものの、往時を知る国民にとってはやや寂しい事実だとも言えよう。 byもろみ五郎】

 

 

菅直人元首相の今。奥さんと二人のんびり暮らしている。

初老男A「ううん、この章のタイトルがすべてを現してる感じだな。いろんなところを検索して見てるんだが、詳しい情報がない。とにかく、認知症になったということだけだ」

初老男B「そうなんですよねえ。いくつかのサイトに出てはいますけど、どれも同じ一次情報を使ってるみたいで、似たような内容ばかりなんですよね。結局、ご夫婦から新しい情報の発信がないってことなんでしょうかねえ」

初老男A「まあ、あくまで個人的な話だからな。現役ならいざ知らず、もう引退してるんだから、有権者への情報発信の義務もないだろう。とりあえずだな、氏の略歴をここで示しておくことにしよう。

1946年10月10日、山口県宇部市で生まれる。

1965年4月、東京工業大学理学部入学。1970年3月卒業。

1971年、弁理士試験合格。この頃から、市民運動に深く関わるようになる。

1973年、市川房枝の参院選出馬の後押しをする。

1974年、<菅特許事務所>開設。

1980年、第36回衆院選で初当選。ここまでに数回の苦杯をなめている。

1993年、<さきがけ日本新党>に参加。

1996年1月、第79代厚生大臣に就任。同9月、旧民主党旗揚げに参加。

2000年、民主党幹事長就任。

2002年、党代表となる。

2004年7月~2013年9月、7回に分けて四国八十八ヵ所巡りを行う。

2009年9月、鳩山内閣の副総理として入閣。

2010年6月4日、第94代内閣総理大臣に指名される。同8日、天皇より任命受ける。

2011年3月11日、東日本大震災発生。陣頭指揮に当たる。8月、退陣。

…この後は、民進党、立憲民主党を経て引退となったわけだ」

初老男B「かなり大雑把な略歴ですねえ。まあそれはいいとしますけど、これ、出典はWikipediaでしょ。ぼくも読みましたけど、認知症についてはどこにも書かれてないんですよね」

初老男A「そうなんだよな。かなり微細な点まで書き込まれてる反面、現在の健康状態についての記述がない。まあ、あの記事がいつ更新されたかにもよると思うんだが、とにかく、活動内容以外はさらっと流してる感じだな」

初老男B「今は奥さんと二人のんびり暮らしてて、最近、飯屋でのツーショットなんかも公開されてますよね。好々爺って感じになってきたなあ、ってのがぼくの印象ですがね」

初老男A「そうだよな。<引退>って言葉がぴったりくる生活ぶりだもんな。なんせ首相経験者だし大臣も歴任してる大物だから、年金なんかそうとうもらうんだろうなあ」

もろみ五郎「私はまだもらっておらぬが、だいたい月10万程度である。これでは暮らしてゆけぬ」

初老男B「なんですか急に。五郎氏の暮らしなんか誰も興味持ってませんよ」

初老男A「まあ、元首相と川崎市の一介護職員では、比較にならんでしょう」

頭脳明晰なエリートだった菅直人が認知症に。なぜ。

初老男B「さてさて、ここからが本記事の核になる部分ですね」

初老男A「そう。乏しい一次情報から拾った前の章は、ここからの参考資料として使いたいんだな。あらためて氏の経歴に注目しよう。

東京工業大学卒業→弁理士試験合格、事務所開設→市民活動→政界進出→各種大臣歴任→首相就任。功罪あるも実績と存在感示す。

…と主だった点を抜き出してみたんだがね、こういった華々しい経歴から現在の認知症発症は、どうもうまく結びつかないんだよな」

初老男B「同感ですねえ。政治家の認知症と言えばレーガン大統領の晩年が有名ですけど、よく言われる認知症発症の要因を、これらの人たちは持ってないように思えてならないんですよ」

初老男A「そうなんだな。認知症と言ってもいろいろだが、一般的な話としてはだな、脳の活動領域が著しく狭まり、かつ、いびつになった状態だろう。認知症を遠ざけるには二つのネットワークが必要だ。一つ目は柔軟な脳内回路、二つめが人的ネットワークつまり幅広い交友関係だな。常にいろんな角度から脳を刺激して思考回路を活性化させ、並行して多くの人との交流を保って外部からの刺激を得る。こうすることで脳細胞の老化を防ぐって考え方だ。菅直人など、まさにこれらを地で行った人と言っていいんじゃないだろうかなあ」

初老男B「同感ですねえ。まずは東工大出て弁理士試験合格。多くの市民活動家と接触して経験を積み、政界に出てからはそれをさらに加速させてついに頂点へ。頭も体も人間関係も、みいんなフル回転って感じの経歴なのに、いったいどこから認知症が忍び込んできたんですかねえ。よくわからないんだなあ」

初老男A「よくあるのは、典型的な会社人間が定年で辞めた場合だよな。それまで会社一筋だったのが、いきなり何もなくなった。それで徐々に呆けが進行した、と」

もろみ五郎「私の父がまさにそれであった」

初老男B「そういうのって、確かに一筋に打ち込んではいるんでしょうけど、見方を変えれば依存してたとも言えますよねえ。でも菅直人さんは一本道を突っ走ったのであって、組織に寄りかかったような生き方じゃありませんよね」

初老男A「結局のところ、誰がいつそうなるか、神のみぞ知るってことなのかなあ。他の例を挙げれば、認知症診断の簡易的な基準として有名な<長谷川式認知症スケール>を考案した長谷川和夫先生だ。あの方でさえ、最後には認知症になった」

初老男B「老化って、何なんでしょうね。考えれば考えるほどわからなくなりますよねえ」

初老男A「そうだなあ。長谷川先生が編集者の一人に名を連ねている『介護福祉士養成テキスト14:発達と老化の理解』には、老化を定義した主な学説が9種類紹介されているんだが、古来言われている消耗説から酸化ストレス学説まで、どれを読んでも完全に納得できるものじゃないよな。わたしたちはAIじゃなくて人間なんだから、その生涯の最終場面を定義し尽くすのは無理なんじゃないかなあ」

初老男B「同感ですねえ。認知症にしても、ヒポクラテスやガレノスも言及していた古典的症状なんですから、なぜだ、なぜだ、って追究するのはほどほどにとどめておいたほうがいいでしょうね」

もろみ五郎「それでは科学が進歩せぬ」

初老男A「いやいや五郎氏、わたしたちは市井の会話レベルのことを言ってるんですよ。なんでも解明できると思わず、それと仲良く共存する生き方のほうが、人間らしくっていいんじゃないかなって思うんですがね」

まとめ

初老男B「菅直人元首相の今については、ネット上で散見されるもの以上の新情報はつかめなかったということですねえ」

もろみ五郎「まあ、そういうことだ。菅直人元首相の如き有名人が認知症発症の事実を公表するのは、実に大きな意義があると最後に言っておかねばならぬ。昔から、 老人性痴呆=生ける屍 のような固定観念が続いてきた。だが実際には、記憶力や理解力が衰えてそこからあらためて人間力を発揮してゆく例があっちこっちに見られるであろう。呆けたらおしまいだなどと後ろ向きな考え方は捨て、菅直人夫妻をよいお手本として日々明るく前向きに生きることだ。誰でも最後は衰えて果てるのだから、いつか必ず来るその日を恐れるでもなく忘れようと努めるでもなく、どうなろうが自分は自分だよ、という開き直りこそ大切なのだ」

(了)

3202字

 

 

 

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