杉良太郎。80歳過ぎても活力旺盛なのはなぜか。
【去る1月某日、俳優の杉良太郎氏が東京都内で詐欺被害防止の啓蒙活動を行った。氏は警察庁特別防犯対策監を務めており、その一環として実施されたものである。東京新聞の別冊『暮らすめいと』に掲載された画像を見ると、御年81とはとても思えぬ活力を感じさせる。およそ120名の高齢者に向かって語りかけたのだが、たぶん、中には杉氏より歳下の方もおられたであろう。あの東日本大震災のとき、いち早く現場にかけつけた行動力には驚かされたものだ。この活動力の源泉は何だろうか。老境に差し掛かった者の一人として、じっくりと考えてみたい。byもろみ五郎】
杉良太郎は、単なる芸能人ではない。根っからの正義漢なのだ。
初老男A「歌手としてデビューしたのが1965年だから、芸歴60年超の大ベテランだ。公私に渡って大活躍し続けてきた人だが、その動機について、氏のオフィシャルサイトから引用させていただこう。
<幼き頃から苦労する母親の姿を見て育ち、「楽にさせてあげたい」との思いから好きだった歌の道を志す。15歳の時、通っていた歌謡学院の盲目の先生に誘われ、刑務所や養老院を慰問。その後、歌手になることを目指し、上京。知り合いのカレー屋で奉公。お店の近くに3畳のアパートを借り、お金がなかったため、週2回の歌のレッスン所まで片道約2時間歩いて通い、2年間、朝・昼・晩、3食をカレーで過ごすなど苦労を自ら買って、心身共に鍛えた。>
…これを読めばわかる通り、芸能活動より福祉活動のほうが先なんだよな。同時に、芸能界への情熱も桁違いだ」
初老男B「まったく、情熱の塊みたいな人物ですよね、ホント。おそらくですね、芸能と福祉とが、車の両輪のようになり、それでたゆまず前進し続けてこられたんでしょうね。思い付きみたいに寄付したりする有名人がけっこういますけど、杉さんの場合はもう、筋金入りと言っていいくらいですよねえ」
初老男A「執念さえ感じるよな、杉さんの活動には。いつだったか、売名行為だと批判されたとき、 ええ、そうですよ って開き直ってたのが印象的だったなあ。自信がなきゃ言えないよ、あの言葉は」
初老男B「同感ですねえ。ここで、杉さんの福祉活動をざっと振り返ってみましょう。以下の通りです。
- 15歳のとき、刑務所や養老院を訪問(上記)。これが最初である。
- 1995年、阪神淡路大震災では、ヘリコプター2機をチャーターして救援物資を空輸し、自身も作業服姿で活動した。
- 1997年、ベトナムで友誼勲章を、2019年には3等級労働勲章受章。ベトナムへの社会貢献活動は40年近い長きにわたる。2024年現在において、ベトナム人の里子は236人。
- 2004年、中越地震で救援活動を行う。
- 2008年、刑務所への慰問活動が評価され、法務大臣より<特別矯正監>に任命される。
- 2011年、東日本大震災では車両12台で現地入りし、自ら炊き出しを行った。支援は災害後も続けられ、現地の鉄道の復旧にも力を注いだ。
- 2013年、フィリピンの台風被害に向けたチャリティーコンサートを実施、その後、NPO法人を通じて現地に学校を建設した。
- 2018年、国家公安委員長より<特別防犯対策監>に任命される。
…アメリカのチャリティー王と言われるボブ・ホープから『日本のチャリティー王』と称賛されてるんですよね。莫大な私財を惜しげもなく投じ、奥さんも連れて常に現場入りして、多くの人々を勇気づけてきたんですから、これはもう、国民栄誉賞級の功績でしょうね」
初老男A「こうして見ると、杉氏の人道的支援活動ってのは、個人の善意をはるかに超えたものだということがわかるね。芸能とこっちと、どちらが本業かわからないくらいだ」
初老男B「同感ですねえ。富と地位を得て、最後に名誉を欲しがる輩がたくさんいますけど、杉さんのはそういう卑俗な動機からじゃありませんからね」
杉良太郎の旺盛な活動力、その源泉は。
初老男A「旺盛な活動力の源泉となっているものは何か。これはまあ、冒頭に引用した文章の中にある通り、苦労した母への思いと、慰問した刑務所と養老院に対する印象が、その後の長く尊い活動を決定づけたと言えるだろうな。ここで大切なのが、芸能人デビューより施設慰問が先だったってことだ。この時点で氏はまだ15歳。この年齢はだな、ちょっとしたことでもどんどん吸収してゆけるんだよ。10代に何か3年経験したとすると、これは中年期以降の30年分にも匹敵すると言ってよかろう」
初老男B「同感ですねえ。感性豊かな時期の経験が、のちの人生を決めたってことですよね。そしてここがまさに、本記事の肝となる部分です」
もろみ五郎「いかにも。当サイトは老化を主題としておるからな。そろそろ主題へとつないでほしいものである」
初老男A「五郎氏、任せてくださいよ。ええと、杉氏は昭和19年8月14日生まれだから、今年の8月で満82歳だ。わたしたちが働いている老人ホームの入居者には戦後生まれもいるからな、杉氏の年齢は老人ホームに入ってておかしくないくらいなんだな。それがどうだ、青少年も青ざめるほどの旺盛な活動実績を残し続けている。健康状態にはやや不安もあるようだから、決して盤石な体調ではあるまい。それでも多くの人々を勇気づけ、困った人たちに手を差し伸べてゆく。健康管理ももちろんだが、氏の気持ちを折れさせない何か強烈なものが意識の中にあると思えてならんのだな」
初老男B「同感ですねえ。ぼくが思うに、歌謡学院の盲目の師匠=愛する母=刑務所や養老院の人たちというふうにですね、15歳のときすでに自身の献身的な愛の対象の原型が出来上がっていたんじゃないでしょうか。なんといっても母の愛以上に強いものはありませんからね。そこに第三者が加わったとき、強固な人道支援の公式みたいなものが氏の頭の中に形成され、それ以降の活動はこの公式に従って行われたんじゃないかと」
初老男A「なるほどね。おおいに考えられる話だな。してみるとだな、杉氏のように齢80を過ぎてなお旺盛に活動するには、自分の心身を一体化させるくらい強烈な動機を必要とするってことかな」
初老男B「まあ、必ずしもそれが必要ってことでもないでしょうけど、とかく人は弱気になりがちですからね、自身を鼓舞してやまない何かを持っていたほうがいいでしょうね。本記事の中に正義漢って言葉が書かれてますけど、実際には正義じゃなくて、それが杉氏にとっての人間本来の姿なんだと思うんですよ。困ってる人を助ける、弱ってる人を勇気づける。これをごく当然のこととして自分の血肉に受け入れたからこそ、81歳過ぎてなお若々しく動き回れるんですね」
まとめ
初老男A「つまりだな、杉氏のように80代になっても活力を失わない人間でいようとするなら、自分を動かす強烈な原動力を内に秘めていることが大切だってことだな。先に名前の出たボブ・ホープ氏は、100歳まで長生きした。ユニセフの活動もやってる黒柳徹子氏は今年で93歳だ。本業に負けないくらい強く自分を支えるものを持てば、少々の健康不安ぐらい吹き飛ばしてしまえるのかもしれないな」
もろみ五郎「自分を支えるものが確かであれば、不可能を可能にすることだってできるかもしれぬ。過去、信念無き者が偉業を成し遂げた例はあるまい。もちろん、志半ばで不幸にして病魔に冒された人も多いが、いつの世であろうとも、人間の活動にとって<思い>は極めて重要な要素なのだ。杉氏のようになりたければ、自分自身の意識の棚卸をして、老齢に至るまで自分を支え切れるものは何か、よく見極めることだな」
(了)
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