ファウジャ・シン。百歳でフルマラソン完走。
【100歳という高齢で42.195㎞を完走した人物がいた。インドに生まれ、イギリスに移住したファウジャ・シン氏である。この大記録を打ち立てたのは2011年。意外に新しい話なのだ。しかも、89歳以降にフルマラソン完走歴9回とのこと。二本の足で立つのがやっとという100歳なら何人か知っているが、若者でも難しい超長距離走を10回近くも達成するなど、もはや超人の域に達した人物と言う他あるまい。還暦を過ぎて、やれ膝が腰が手首が…と嘆きつつ働くわが身に鞭をくれてやらねば、と思う次第である。byもろみ五郎】
まさに執念の人、ファウジャ・シン。その経歴は。
初老男A「100歳でフルマラソン完走なんて、とんでもない記録だよな。君、この人知ってたかい」
初老男B「まったく初耳ですねえ、このお名前は。そもそも、なんで今この人のことを取り上げるんでしょうね」
もろみ五郎「長生きした有名人を検索していたら、この人がひっかかってきたのだ。私も知らなかった。わが母もホノルルでフルマラソンを完走したが、40代の頃の話である」
初老男A「わたしが以前勤めてた特別養護老人ホームには106歳の男性がいたが、車椅子に乗り、終日オムツを着用していたなあ」
初老男B「ぼくも有料老人ホームで105歳の女性のお世話しましたけど、その特養の男性とほぼ同じ状態でしたねえ」
初老男A「去年の7月に亡くなられた方だが、なんせインド人でこの年齢だからな、英国統治時代のインドを経験している。あのガンジーやボースが活躍した時代だよ。生き字引とお呼びしたくなる御年で42.195㎞走りぬいたんだから、アジアの誇り、人類の奇跡と言いたいね」
初老男B「まったくですねえ。さて、どんな経歴の方なのか調べてみたんですけど、まずは主なところを列挙してみますね。
- 1911年、英国領インドのパンジャブ地域にて生誕(と言われている。戸籍があいまいらしい…)
- 若いころから走っていたらしいが、第二次世界大戦後のインド・パキスタン分離独立に伴い断念する。
- 1992年に妻と長女を、1994年に五男を亡くしたことから、自身の人生に集中しようとランニング熱が再燃する。
- 2000年、ロンドンマラソン。
- 2004年、93歳でフルマラソン完走。アディダスの広告に起用される。
- 2011年、カナダのトロントにて100M・200M・400M・800M・1500M・1マイル・3000M・500Mに出場し、1日で5つの年代別世界記録達成。さらにその3日後、同じくトロントにて100歳でフルマラソン完走、8時間25分17秒。
- 2012年、ロンドンオリンピックで聖火ランナーを務める。
- 2013年、香港マラソンで10㎞を1時間32分28秒で完走。
- 2014年、マレーシアのイベントで5㎞のマラソンに参加。
…2025年7月14日、パンジャブの道路を横断中にひき逃げされて死去。ほどなくこの運転手は逮捕された」
初老男B「しかしなんですねえ、大往生かと思ったら、最期はひき逃げにあってるなんて。運命って残酷ですよねえ」
初老男A「まったくだな。まあ、それは置いとくとして、これだけ長きにわたって走り続けてこられたのは、もちろん家族の理解があってのことだとは思うが、何より本人の意志の強さ、そして、走ることが好きという気持ちだよな。気持ちが続かなきゃ、これだけの記録は残せまい」
初老男B「102歳のときにCNNのインタビューを受けてるんですけど、こんな言葉があったんですね。
走ることは私に優しさを与えてくれた。すべてのトラウマや悲しみを忘れさせ、私を生き返らせてくれた。
…トラウマや悲しみってのは、まずは家族の死だと思うんですけど、30代の頃に経験したインドの分離も深く心に根を張ったままだったんじゃないですかねえ。インド・パキスタン両国でかなりの人が死んだでしょ、あのときは」
初老男A「そうなんだよな。難民の数も莫大だったからな。のちに英国へ移住したのも、分離独立の悲劇を目の当たりにしたことと無関係じゃないだろうなあ」
ファウジャ・シン。強靭な肉体を維持できた秘訣とは。
初老男B「Wikipediaによれば、飲酒と喫煙を控えて野菜中心の食生活を続けたそうなんですよね。
食事は、チャパティ、ダール、緑の野菜、ヨーグルトと牛乳というシンプルなもので、パラーター、パコラ、米は摂取せず、水とショウガ茶を多く飲んでいる。
…これを見てぼくは思い出したんですがね、亡くなる直前のガンジーの食事が、<オレンジ、バター、山羊の乳>だったそうなんです。それと、マザーテレサの施設の職員の朝食、これがですね、<メリケン粉を焼いたチャパティと野菜の煮物、そして水>なんだそうです。まあ、これは古い情報ですから、今は違うのかもしれないですけどね」
初老男A「多少の変更はあったとしても、基本線は変わってないんじゃないかな。なんせ質素な暮らしだからな、あそこの人たちは。ファウジャ・シン氏とマハトマ・ガンジーの食事を比べると、どちらも炭水化物と脂質、ビタミン&ミネラルだよな。実に簡素な食事だ。このあたりに頑健な肉体の秘密があるんじゃないかな」
初老男B「ぼくもそう思いますねえ。3者いずれも飲酒・喫煙を控え、過剰なカロリー摂取をしないよう心がけてますよね。ガンジーの場合、ビルラという富豪の世話になってたそうですから、要望すれば豪華な食事ができたでしょう。でも、最期まで粗食で通しましたね」
初老男A「こういう話になると、必ず食生活に行きつくんだよな。いいも悪いも口から入ってくるんだから」
初老男B「まあ、好きなだけ食べて飲んで偉業達成ってのは聞いたことがないですからねえ。たまたま長生きした例はあるでしょうけど」
初老男A「口養生って言葉もあるからなあ。『養生訓』の精神は今も生きてるってことだな」
まとめ
初老男B「質素な食事はとくに大切ですけど、この人の場合、インドの歴史が人生に影を落としてますよね。強靭な精神と同時に、くよくよしない前向きな心構えもないと、たぶん、やっていけなかったでしょうね」
初老男A「まったくだな。英国統治の最後の頃、とんでもない流血の惨事が続いただろう。あの時代を生き抜いたってことは、他人の死をかなりたくさん見たんだろうな。そういうのを乗り越えるには、肉体と精神のどちらも強くなければならんだろうなあ」
もろみ五郎「いかにも。ただこの方は、一足飛びに偉業を成し遂げたのではない。心身のいい状態を長期にわたって維持し続けてきたからこそできたことなのだ。心電図の如く振幅の激しい生き方ではなく、じっくり腰を据えて少しずつ前に進んだ結果と言わねばならぬ。すぐ結果を求めるわれら現代人が見習うべき生き方であろう」
(了)
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